「ここのラーメン屋には、2号ちゃんは必ず通うことになるだろうね」
と、Tさんが不吉な予言をしたのは1年ほど前の夏の夜だった。

Tさんは、墨東に以前から住んでいる年上の知り合いで、
1年前のその日、もうすぐ世田谷から引越してくるぼく(「2号」)のために、
向島から浅草までを一緒にぶらぶら歩きながら、「カンジンな店」を教えてくれることになった。

隅田川を桜橋で渡って言問通りに合流したあたり。Tさんが指さしたのは、「らーめん弁慶」という店だった。
浅草の駅から歩くには遠い場所のはずなのに、行列こそないものの繁盛しているのが外からでもわかった。
「ここはねえ……、なんていうか……、うまいのよ、2号ちゃん」
Tさんはあまり言葉数が多い方ではなくて、セリフには情報量が少なかった。おまけに、ぼくのことをちゃんづけで呼ぶ。
「へー、ホントうまそっスねー!」と口では調子を合わせながら、
「いまダイエット中で、ラーメン断ちしてるからなー」と、目をそらした。その頃、ぼくの腹はズボンのベルトを必要としていなかったのだ。

もし痩せようとおもったら、ラーメンとビールを生活から追い出せばいい。
単純なことだけど、簡単なことではなかった。
それは愛を手放すことを意味したし、
すこしでも女の子の受けがよくなるためにラーメンと決別するなんて、
卑劣なまでに利己的なかんがえにおもえたものだった。

見れば、言問通りに沿って「弁慶」のちょっと先にもラーメン屋の赤提灯の明かりが。
そして通りの反対側にもラーメン屋。
と思ったらすぐにまた新たなラーメン屋が現れる。
なんだここは! やたらとデンジャーなゾーンではないか。
近寄るのはよそう、と心に誓った。

でも、その夜から約1カ月経ったある日、

ぼくはTさんの呪いに導かれるように、
気づいたときには言問通りに立っていた。


「弁慶」に入ると、ムッとする熱気。
やっぱりその日も混んでいた。ズズズッとラーメンをすする音が空間に反響している。
店の中央に馬蹄形のおおきな厨房があって、それを取り囲むカウンターが30席ほど。
注文をラーメン5、6杯溜まるまでストックしてから、一気にさばいていく。いかにも人気店らしく、システマティックだ。
厨房のなかには4人ほどの店員が入っている。麺係、盛りつけ係、皿洗いなど、
まるで幼稚園のときに使った8色クレヨンのように、くっきりと役割が分担されている。赤は赤、黄色は黄色、皿洗いは皿洗い。
たぶん麺担当の、筋肉質で黄色いシャツを着た兄ちゃんがチーフなのだろう。厨房の熱気に汗だくになりながら、
気合いに強ばった面もちで茹であげた麺を、ザザッとどんぶりに落としていく。ピンポイント爆撃機のように。
「そうなんだよな、ラーメンなんて気合いひとつで、いくらでも美味くなるもんだ」と、
期待にうっとりしながら見守っていると、
次に汗だく兄さんは、網にとった背脂を、おタマの尻で擦りはじめる。
チャッチャという軽やかな音とともに、脂がラーメンに降り注ぎはじめる。
チャッチャッチャッチャッチャッチャッチャッチャッ……

どんぶりは背脂まみれになって出てきた。

「意外にサッパリしている」というような女々しい感想は、間違っても出てこない。
充分、こってりしている。情け容赦なく。アクマのように。
スープを口に含むと、あまい。脂のあまさだ。
喉のなかで虹が広がっていくようなあまさ。
「ここのはねえ……、なんていうか……、うまいのよ」という、Tさんのコトバがあたまに甦る。

ぼくはおもうのだけど、
背脂たっぷりのラーメンを啜りながら人が感じる安堵感と、
ある種の宗教的な施設で罪の告白をして神や聖職者に赦しを得るときの感情とは、
とても近いものがあるんじゃないだろうか?
ともかくぼくは、スープをのみながら、
じぶんが犯した卑近な罪が、大きな存在にゆるされるようなフシギな感覚をもった。
具体的には、ダイエットのために積み重ねた幾ばくかの努力が、
いままさに灰に帰そうとしていて、
なおかつそれを微笑みながら受け入れられる心境。
これでいいんだ、これで……。


いや、それは欺瞞だ!!

そう心のなかで叫びながら
ぼくはカラになったラーメンどんぶりをカウンターにそっと置いた。


でも、幸いなことに、
ぼくが「弁慶」に通ったのは、そのあと5、6回(だけ)だ。
それも最初に「弁慶」に入ってから1カ月くらいのあいだのことで、
ここ半年以上、目もくれていない。
背脂系ラーメン特有の中毒性とTさんの呪いを、ぼくは振り切ることができたようだった。



でも、いまから数日前、ぼくは「うりんぼ」にいた。
「弁慶」のはす向かいの博多ラーメンの店。

「うりんぼ」に入る前には、すでにべつの店で泡盛をくらって、酔っていた。
その夜、ぼくは少しやさぐれていて、じぶんを痛めつけたいとおもっていた。愚かで意気地のないじぶんに、うんざりしていた。
博多ラーメンの店なら、懲罰的な目的は達せられそうだ。ぼくはさいきんしめるようになったベルトの穴をひとつゆるめて、カウンターに座った。
店は空いていた。
店員はおっさんふたりだけだった。
マンガを積んだラックがあった。
テレビで明石家さんまがしゃべっていた。ゆるい空気が流れていた。
いいじゃないか。いまの気分にぴったりだった。

「麺、固めで」。メニューを見ないで言い放つ。
これから死地に赴くパイロットのような悲壮な気分で。
「バリカタ?」と、店員が訊く。
「バリ……、いや、そこまでは固くなくていいンすけど」
すると、きょとんとした顔をする。
「あちらから選んでいただいてましてー」と彼が示した壁のボードには、
麺の固さの段階にそれぞれ名称がついていた。
「ふつう」のひとつ上の固さが「バリカタ」
その上が「ハリガネ」
その上が「コナオトシ」。

「あっ、へー。じゃ、バリカタで、おねがいしますぅ」
煙草を吸っている中学生に注意しようと近づいたら、
最初は見えなかったところに大勢たむろっていたので素通りするときの情けなさはこんな感じなのだろうか。
バリカタ程度に一瞬びびっていたのが、妙に気まずい。
ふつう以上、バリカタ未満ってわけでもあるまいし。
それよりコナオトシって、さすがにそれはどうなんだろう?

注文したあとも、厨房の動きがいちいちユルイ。
なかなか出てこないので様子をうかがうと、
スープの入った深鍋を覗き込んで、店のおっさんふたりが心配げにヒソヒソと小声で相談している。
そのうち、「ま、いっか」という風に肯き合ったあと、どんぶりに白濁したスープを注いでいた。いったい、なにが妥協されたのだろうか。

「おこりんぼラーメン」は、
通常のとんこつスープの上に、魚を煮詰めたような黒いスープがカクテルのように薄い層をつくっていた。
手で乱暴にちぎっただけの生キャベツが、形も大きさもばらばらのまま無愛想に飾られていて、そのキャベツとチャーシューのほかに目立った具といえば、
キクラゲがちょろりと入っていた。
麺はざっくりとした歯ごたえ。
「バリカタ」でこれかぁ……。となると、「コナオトシ」は相当いっちゃってるな。そんなことを考えながら、モサッと麺を噛み切る。


ここまでの文章から信じてもらうのは難しいかもしれないけれど、
「うりんぼ」のラーメンはおいしかった。

そもそも不勉強なせいもあって、トンコツ系でいいなとおもえる店は少ない。もちろん九州で出会ったラーメンはよかった。ほかに好印象なのは、神奈川・青葉台の住宅地のなかにある店くらい。
少なくとも「うりんぼ」は、(気合いはともかく)味からすれば、
向かいの「弁慶」なみに流行ってもよさそうなものだった。
この際、いってしまおう。
「うりんぼ」は「弁慶」よりも美味しい。

いや、待った。
どうして人はラーメンとなると、すぐに勝敗やランキングをつけたくなってしまうんだろう?
背脂系とトンコツ系のラーメンのどっちがいいかなんて、
ギャング映画とミュージカル映画をくらべて、どちらが優れているかを決めるようなものだ。それぞれにべつのルールがあり、べつのナラティブがあり、べつのチャーミングさがある。
ぼくにはギャング映画のなかでだって、『ゴッドファーザー』と『グッドフェローズ』のどちらを好きかすら、決められないのに。

だいたい「どこが一番か」などとかんがえてしまうから、次々にラーメン屋を渡り歩くことになってしまうんだ。
そういう魔道に入るのは、やめよう。
連邦保証人保護下の『グッドフェローズ』のレイ・リオッタのように、
与えられた小さな環境のなかで、静かに、心穏やかに生きたい。



だけど「うりんぼ」に行った翌日の夜、
ぼくは南麻布にある「麻布麺房どらいち」にいた。

ここもTさんのオススメの店だった。
「どらいち」は、無化調系のラーメン。ガラと鮭のだし。自家製麺。
すでに「墨東で呑む」というテーマから外れているので簡単に書くけれど、
無化調系のラーメンでこれほど美味しいものを、ぼくは初めて食べた。
「どらいち」は、これまで食べたなかでベスト3には入る! などと性懲りもなく言ってしまいたくなる店だった。
食べおわったあとも、いつまでも味を反芻したくなる。
つまり、あとを引いてしまう。

翌日、ぼくは禁断症状がはじまったのを確信した。
職場にいるときも、ちらちらとラーメンのイメージが浮かび、ロードランナーが目の前を通り過ぎるのを見たコヨーテだって、こうはならないだろうというくらい涎がでてくる。
困ったことに、職場のまわりにはラーメン屋が乱立していて、
そこをすべて素通りするのは拷問のようだった。ぼくはTさんを恨んだ。

でも、ぼくは成し遂げた。

ラーメン屋にたちよらず、無事にうちにたどりついた。
途中、セブンイレブンで肉まんと菓子パンとカンチューハイを買うくらいで済んだ。
やれやれ、あぶないところだった……。
部屋に戻ったぼくは達成感に酔いしれながら、ベルトの穴をまたひとつゆるめた。