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けして子供たちのことを非難するつもりはなく、
親だとか学校の先生といった周囲の大人たちの規定する枠に、
容易には収まらない奔放な彼らのことを、
ぼくは愛情を込めて「クソガキ」と呼んでいる。
ほかに、ちょっとぴったりのコトバが思いつかないものだから。

その上でいうのだけど、
小津安二郎の『お早よう』は、クソガキ映画だ。

映画の冒頭、
土手の上で遊ぶこどもたちの様子を捉えたショットを見るやいなや、
ぼくは早々にそう確信して、(たぶんそういうこどもたちに対する潜在的な好意から)
ぐっと身を乗り出してブラウン管を注視し始めたのだけど、
その直後、とんでもないことが起こった。

クソガキたちの遊びというのは、オナラ合戦。
だれかにおでこを指で押してもらったタイミングに合わせてオナラをするという、
これ以上くだらない遊びがあろうかというものなんだけど、
遊んでいたクソガキのうちのひとりが、
ふんばるあまり、オナラではなくミを出して
パンツを汚してしまうという展開になるのだった!

うーん、まさにクソガキ……。


映画は、ふたりのクソガキにスポットを当てる。
笠智衆の息子たちだ。

ふたりはテレビを買ってほしくてたまらないのだけど、
笠智衆はもうすぐ定年の身、テレビなんて贅沢品を買ってる場合ではなく、
生活の不安が日々くっきりとリンカクをとりつつあるのを感じている。
ところがクソガキふたりは、テレビテレビとわめきたてる。
「いつまでもウルサイゾ!」と怒る笠智衆パパにむかって、
「じゃあ、ずっと口きかないもん!」とだんまりをきめこむ。
それも数時間とかではなく、何日も、ひとことも発しない。
朝起きても「お早よう」なんて、もちろんいわない。
そもそもあんな挨拶に、意味なんてないじゃないか、と
さといクソガキはおもっている。

パズルのように精緻な脚本がすばらくて、
クソガキ映画は、最終的に
佐田啓二と久我美子のふたりの恋愛物語としておわる。

ラストシーンでは
クソガキが「オトナたちのしゃべる無意味な言葉」として挙げた
「お早よう」とか「いい天気ですね」といったコトバが
若い男女によって連呼される。

朝のプラットホームに並んで立つふたり。
男「きょうは暑くなりますね」
女「ええ、そうですね」
男「やあ、ほんとに暑くなりそうだ」
女「ええ、そうですねえ」

でもそれらのコトバは、無意味なんかではなくて、
ふたりの奥ゆかしい恋心を、くっきりと写し取っている。

あんなオープニングで始まっておきながら、こんな素敵なエンディングになるなんて。