『カーズ2』


この映画で描かれるスパイ活動って、
パチモン感が、秋本治の『ミスター・クリス』に似ている。




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ぼくにとって、ピクサー神話の崩壊を意識させた作品、
という意味で、記録しておこうとおもう。

つまらなかった映画については触れないでおくのが流儀なのだけど、
ピクサーへの信頼、いや、「信仰」のようなものが砕かれた瞬間として
重要な作品なので。



・スパイ映画というジャンルへの目配せが
たんにエンターテインメントの素振りにしかなっていないこと。

・そのせいで、ただでさえ危ういこの映画のなかの
リアリティーラインの設定が、荒唐無稽に流されていること。

・物語の軸となる友情に根拠がないこと。

・マヌケな言動で笑いがとれるという誤解。

・主人公に成長がないこと。

・続編である理由がない。

・ゴージャスにつくり込んでいるだけで技術的なチャレンジがない。


なんて、悪いところをあげつらってもしょうがないのはよくわかってる。
うーん、でもいいところがない。


いっそのこと

・石油に代る代替燃料というガジェットを
映画の中核に据えて、メッセージ色バリバリのトーンで車社会の終焉を描くとか

・レースはやめて、スパイ映画に振り切るとか

・どうせ混沌としているなら、ピクサーキャラクター全員集合みたいなバカ騒ぎにするとか
 人間キャラクターだって、出てきていいよ、ここまできたら。


うーん、なにをしたかったんだ。

いい映画って、きっと
観ているそのときはストレートな物語として楽しみながら、
あとでふりかえって余韻を楽しむときに
「あれは現代のアメリカの社会の縮図だったんだなあ」とか
「フィクションの役割を象徴的に語っていたんだなぁ」みたいなメタな読みもできて、
それが作り手たちの切実な現実感覚を示していたりするものだけど、
『カーズ2』には
「これはピクサーとディズニーの複雑な関係性の写し絵なのだなあ」
くらいの感慨すらなく。
徹頭徹尾、閉じた世界の、
つくる必然性のない、壮大な余技みたいな。

何も考えずに楽しめる作品って、
つくり手が何も考えないって意味ではないんだと、よくわかった。



こうして、ピクサーの新作にいそいそと足を運ぶ時代がおわった。

続編が量産されていく、いまのピクサーの体制にもかなり疑問。
これで『トイ・ストーリー4』が登場したりしたら、ほんとに悲しい。


カーズ2 (日本語吹替版)
カーズ2 (日本語吹替版)
カーズ(日本語吹替版)
カーズ(日本語吹替版)