ほんとうに、たくさんの人が死ぬ映画だ。



もちろん、しかるべきヒットを見込むべく
アメリカではPG-13というレーティングにおさえるために、
カメラのフレームのなかで起こる殺人の数は、そんなに多くない(少なくもないけれど)。
でも、フレームアウトした場所では、すぐさま人が人を殺しはじめる。

イギリスの映倫BBFCは
子どもには刺激が強すぎるという親たちのクレームに対して

「これはファンタジー映画であり、実在しないキャラクターが出てきます。
ボディ・アーマーをつけ、ビルの間を飛んだりできる人の話です」

と、レーティングの根拠を説明したという。
皮肉なコメントだとおもう。



BBFCのいう
「ビルの間を飛んだりできる人」を受けていうと
印象的なのが、バットマンが真夜中の香港で、高層ビルに侵入する場面。

我らがヒーローは、羽根を広げて空を飛んでいき、
目標のビルに突入する……
と説明すれば、
目も当てられないコミックタッチの演出になりそうなところ
クリストファー・ノーランの描く飛翔は、
見たことのない説得力をもっている。

ここでのバットマンの身体は、まるで重たい塊が墜落しているように見える。

落ちていく。

ここには重力が働いている。
地面にたたきつけられる恐怖のなかで飛ぶことと
超人的能力ゆえに空をはしるのとは、ぜんぜん違う。

マフィアのボスをバットマンがビルから宙づりするシーンも然りだ。
「人を強迫するなら覚えておくといい。
この高さでは、たとえ落ちても人は死なない」
と嘯くマフィアに対して
バットマンはすぐに掴んでいた手を離す。

マフィアが落ちる。足から。
ぐしゃりとつぶれる。

その骨折の痛みにリアリティーがあるから、逆にぼくは
「落ちたら死ぬほどの高さ」について、想像させられる。


そういえば物語の冒頭ちかく、
着替えるクリスチャン・ベールの背中に残る生々しい傷跡は、すでにこのことを予示していたんだろう。
『ダークナイト』の世界は、人が痛みをともなって死を迎えうるものとしてデザインされている。

おなじノーランの前作『バットマン・ビギンズ』は、まだコミックムービーらしく、
「いところから人が落ちても死なない」世界になっていた。

CGでつくられたモノレールから羽根をひろげて飛び立っても、
バットマンはケガひとつしないし
ぼくらもそれに驚かない。

玩具のモノレールが瓦解して、
乗っていた悪役が死んでも喜ばない。悲しまない。感情は動かない。
やれやれ、映画がおわったと感じるだけだ。


でも『ダークナイト』は、まったく違うルールを設定して
物語を語りはじめる。

この映画では、多くの血が飛び散り、屍が積み上げられていく。
ほんとうにたくさんの人が死ぬ。
見えるわずかばかりの死も、見えないところで起きるたくさんの死も、
映画がすすむにつれていよいよ積み重なり、
どんどん大きく、重く、不穏な磁力を発するようになってくる。
上映時間は、2時間半。
映画はあり得そうなエンディングを回避して、
ジョーカーが仕掛ける終わらない悪夢に観客を巻き込んでいく。


人が死んでいくことの重みが描かれてはじめて
人を殺さないことの意味が見えてくる。


バットポッドでジョーカーに突進するバットマンは
なぜ路上にひとり立つジョーカーをひき殺さしてしまわないのか?

予告編をみるかぎりでは
さっぱりわからなかった。
「とっととケリをつければいいのに、なんてもどかしいっ」
と、絵づくり優先の映像作家の傲慢を想像して腹を立てていた。

でも映画を見終えたいま、あのバットマンの選択は
とても意味深い。

『ダークナイト』では、もしバットマンがジョーカーを殺したら
それは人が死ぬ、ということになるからだ。


悪をやっつける
という単純化された物語を採用しないことの、厳しさ。

死が記号的なものでなくなったとき、
殺すことを選ぶものと
殺さないことを選ぶものの隔たりは、とても大きい。
というか、
そこに違いを見いださないことには
自警団気取りの凶人と無差別殺人者との実質的な差は、
ほとんどないのだ。

だから『ダークナイト』は
正義という名で呼ばれてきたものたちを、注意深く選別していく。
「愛する者を奪われた復讐」という
古来繰り返されてきた物語すら
倫理の光で照らされて、
吟味される。

コミックムービーなのに?
「ボディ・アーマーをつけ、
ビルの間を飛んだりできる人の話」なのに?
大量破壊兵器をもっているかもしれないからと
「正義の」戦争を仕掛ける国がつくった「ヒーロー」の物語なのに?

そう。すべての問いは反転する。
正義とは何かという思弁のために、
宿命的なヒーローと悪役のたたかい以上に
ふさわしい物語は実はないのかもしれない。
そしてアメリカという国以上に、テロと復讐の心性をシビアに語れる国はないかもしれない。
でも正直にいって
まさかこんなことができるとは、思っていなかった。
ここまで力強く、テーマが深化されたバットマン映画が見られるとは思っていなかった。

ジャンルの可能性を大きく更新させた傑作。