サブタイトルは
「障害者月給一万円からの脱出」





まだ学生だったころには
「企業の人」として生きることは、
かっこわるいことだっておもっていて、
じつをいえば、いまだって、ちょっとおもってる。

できれば日々「クリエイティブなこと」だけして、
お金に頓着なく生きられたら、
それってクールじゃん、
て、おもってる。

なんかすっごいものつくって
見た人が「すげー」って言ってくれて
その何かに対して、お金をだしてくれて、
もしそのお金で、ささやかに生きていけるんなら
そんな幸せなことないじゃん、ておもってる。

お金はゴールじゃない、目的じゃない、結論じゃない。
いきてくために、たまたま必要なツールなんであって、
もし貨幣制度がなくなって
ぼくらが物物交換で生きてかなくちゃいけなくなっても
べつにイヤじゃないし、
ていうか、むしろよくね?
みたいな感じ。



そういう人は、この本読んだ方がいい。



小倉昌男は、ヤマト運輸って会社の社長だった人だ。

クロネコヤマトというサービスは
ぼくらの生活にあまりにも馴染んでて
あたりまえのもののすごさって、なんだか実感できないのが常だけど

「郵便局、民営化します。国がやんないなら、勝手にやります」

という無謀なことをしたのが、ヤマトで
「この商売にはおれらが独占してるものだから、参加させない」
と考える人たちから、ありとあらゆる妨害があったのに

闘って、闘って、闘って、

荷物がおもいなら、とりにいくし、
冷たいものなら、そのままの温度で運ぶし、
梱包ができないんなら、かわりにするし。

「それはムリ」だなんて、勝手に決められていたことを
ホントはできるんだって、実証してった。

「それが商売になるなら、混ぜてよ」と
あとからやってくる人たちの邪魔もしなかった。
もっといいサービスをかんがえて、競争しようよ、と考えた。


その小倉さんが、ヤマトを引退してからはじめたのが
障害者の自立支援だった。

さいしょは、小倉さんもなんとなくの気持ちだったかもしんない。
会社やめて、やることないしなー、みたいな。

でも、障害者のサポートのこと、しらべはじめたら
おどろいた。

障害者の自立を謳う施設で
障害者の人たちが一月はたらいて、
その収入が、1万円。

日当でなくて、月収が、1万円。
どうやったって、生きていけない金額だ。
障害者のための保険があるからといっても、
もし親が先に倒れたあと、障害者たちはどう生きていくのか。

なんでそんな低い賃金なのかといえば
障害者の人に割り振られる仕事って、
雑巾つくったり、石けんつくったり、端切れで人形つくったり、
空き缶のリサイクルだったり。
……およそ、「人が欲しいと思えるような商品」を生み出してなかった。
どこで売るのかといえば、主にバザーで。
人びとの善意で買ってもらうことを期待して、
ささやかな利ざやを得る。

小倉さんが「これでいいのか」と聞くと、
「仕方がない」という職員の声。

でも、仕方なくはないはずだ。
製品と商品は違う。
だれにとっても魅力のあるものをつくって
流通のためにできることをする。
そういう、当たり前の「経営」のノウハウを伝えたい。

そうしてはじめた、小倉さんの
自立支援のためのサポートプログラムが、この本のテーマになってる。



読んでいて、胸をつかれるのが
小倉さんが、自立支援団体の職員をまえに経営の話をしていても
聴く方が冷淡だったというエピソード。

「じぶんたちは、お金の見返りの少ない世界で、
尊い仕事をしている側のにんげん。
あっちの世界の、ビジネスなんていう汚い話は、聞きたくもない」

そんな態度が、ありありとでていたという。
ぼくがショックだったのは、
聴講していた人たちの気分を、ぼくもどこかで共有していたからだった。
「会社でさんざん儲けたヤツが、なんか話にきてる。じぶんには関係ないけど」って
その場でぼくもおもっていたかもしれないからだ。


でもぼくたちが生きているのが、市場経済の世界だということから
目をそらすことできない。
それは事実なんだ。
そしてそのことは、けっして不幸なことではない。
と、小倉さんはいう。

市場経済の原理が、市場経済にしかできない方法で
人を救うことがある。
小倉さんは、それを実証してみせる。

たとえば、スワンベーカリーというパン屋。

ぼくの職場から、歩いて数分のところにもあるそのパン屋は
ヤマトを引退したあとの小倉さんが
じぶんの講演する障害者のための経営を
実証してみせた、一つのばしょだ

このビジネスは、クールだ。