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空間が高いところか低いところかに着目して観ると
『風の谷のナウシカ』はおもしろくなるような気がする。


まず風の谷というコミュニティーの立地がそうだ。
高い。
そこは谷の狭間にあり、海から吹く風によって腐海の毒から護られている。
ユパと遭ったナウシカが、先に谷に行っていると言って崖の上から
メーヴェでダイブするシーンで、その場所の特異性が鮮やかに映像として表現される。

ぼくたちは崖の高さを覚える。
ペジテからの避難船がぶつかるためには、高さのある崖が必要だった。



物語がすすむと、
こんどは低い場所について語られる。

ナウシカの住居は、風車と一対になった縦にながい建物だ。
いわば、塔であり、地上部分だけでも充分に縦長なのだけど、
さらに秘密の地下に、腐海の木々を育てる彼女の実験室がある。
下へ、空間は伸びていく。

その実験室で腐海の植物を生かしているその水は、
地下300メルテ(メルテという単位の意味は不明だけど)
から汲み上げている、という事実を知るに至って、垂直方向にグンとのびるスケールを、強く印象づけられる。
ちなみにこの深度は、後半の展開のおおきな伏線になる。



まったくべつの意味でも、ここに上下の関係を見て取ることはできる。
風の谷は平和な村として描かれるが、
そこには暗黙のヒエラルキーがある。
ナウシカは王の娘であり、特権階級だ。
そこには当然、使役する側、される側の関係がある。
だからこそナウシカは、地下で植物なんかを育てていられる。
彼女の食いぶちは、谷の労働階級が担う。
ただし、宮崎は労働を喜びとして描くので、ここに陰鬱さはない。
そしてまたナウシカも、その特権的な立場にかかわりなく
谷のために自らを投げ出す。

「ナウシカの胸は大きいでしょ」と
と宮崎が言って、インタビュアーをまごつかせていたことがある。

「彼女の胸は大きくなくちゃいけないんです。
それは恋人のためにあるんじゃないんです。 
城オジたちが、ナウシカのために死ぬとき、
その死体を受け止めるために大きくならなくてはいけないんです」

ミトジイをはじめとする従者たちは、
けっしてただの教育係としてそこにいるわけではない。 
彼らは、いつでも姫のために死んでみせる存在なのだ。

宮崎もそれを隠すつもりもない。
谷に「戦時」がやってくることで、
谷のなかのこのヒエラルキーは剥き出しになる。




谷のなかの上下幅を描ききったところへ
トルメキアの谷への侵攻が始まる。

これはさらなる高低差の導入にほかならない。
ご丁寧なことに、クシャナもナウシカと同じく王の娘だ。
風の谷はトルメキアの属国であり、明確な上下関係のもとにある。

クシャナが腐海を進軍するというとき、
それがあまりに危険な行為であっても、ナウシカは行かなければならない。
城ジイたちは黙って、あるいは自ら進んで死の行軍に付き従わねばならない。  

そして空間の上下運動は、いよいよスケールを増し加えていく。

まず高い場所へ。
クシャナやナウシカの乗り込むコルベット、鈍重な「バカガラス」のなか。
われわれはこのフィルムで初めて「雲の上」という高度を体験する。
 
眼下では、黒い雲のなかで稲妻が走る様が観察できる。

そしてもっと高い場所から
ペジテのアスベルが、バカガラスを強襲する。
彼は赤いガンシップに乗り、太陽に隠れながら接近するのだ。

そして低さ。
アスベルの攻撃で風の谷のガンシップのワイヤーの切れる。
風にながされながら墜ちていく貨物船を救出するため
ナウシカは下へ下へと下降していく。
濃度の濃いショウキを吐く、最盛期の腐海へ。その湖に着水。
もっとも危険な海抜0メートル。

しかし、もっと下へ。
ときを同じく不時着していたアスベルの落下。
その気配を察知してナウシカは彼の手を取り、下へ、下へと向かう。
 地面に墜落。

まだだ。もっと下へ。
砂のなかに、呑み込まれて沈んでいく二人。

腐海の、下へ。

最大の空間的な上下運動は、腐海の秘密となって明かす。
そこにも空間があり、空気は清浄なのだ。
この場所はなんなのか。ナウシカのなかで、城の地下室との関連が結ばれる。



こうして目眩をさそうような上下の幅がさんざん描かれたあと、
フィルムはピタッと上下運動を止める。


運動は、「上下」から「水平」に切り替わる。




 
まず、彼女はあらゆる関係的な上下を、ご破算にしはじめる。
 
城オジたちは彼女につかえなくてもいい。
ペジテは復讐しなくてもいい。
クシャナは谷をさげすまず、虫を憎まなくてもいい。

ペジテの避難船から脱出したナウシカは、
メーヴェ、ガンシップ、もう一度メーヴェと機体を乗り換えながら、
水平方向に動き始める。

「姫さまぁ、エンジンが燃えちまう」
「谷までもてばいい」
水平方向へ。猛烈な加速で。

こんどは遅く。王蟲の幼虫は、じりじりとナウシカの身体を水平方向に移動させる。

そして、クライマックス。王蟲の大移動と接触する。
王蟲の幼虫とともに、いまいちど高い空間へはじき飛ばされ、絶命した彼女は、王蟲たちの触手に運ばれるままに、ある一定の高さに持ち上げられる。

そう、奇妙なことに、何千、何万もの触手は、ある一定の高さまで伸びて均一に揃い
それ以下にもそれ以上の高さにもならない。

そこは、雲の上ほど高くはないが、無数の屍の横たわる地面よりは低くない。

高くも低くもない、水平な場所が示されたところで、
映画はおわる。